kunirov’s diary

書きたいこと書いてます

思い出せばメンター

ボーっと生きてんじゃねーよっ!とチコちゃんに叱られそうだ。自分の生き方振り返ると。

 

就職してから今まで、仕事の師匠という存在に出会ったことがないように思う。啓発本なんかを斜め読みしてみると、一時期メンターなる存在が大きく取り上げられたことがあったが、自分が生きる世界で実際に触れ合う人の中でそういった人がいたような気がしない、と思っていた。

 

それは僕自身のコミュニケーションスキルの方法が問題だったか、職業人としての意識の問題だったか、そもそも人間としてそれほどの値打ちがなかっただけなのか、考えるほど、悲しくなるほどに、そういった理解者のような存在を感じたことがなかった。

 

巷の書店にはそうした理解者、助言者の存在に出会い、人生を成功に向かって努力する人たちの話が、様々なパッケージングを施され、書籍として陳列されている。僕も成功したいと思っている(失敗したいと思う人はいないだろう)ひとりなので、そうした書籍が気になって手に取ってみるが、今でもなんだか遠い世界の話のように思えてしまう。

 

 

就職して初めての職場は社内で5指に入る売り上げの忙しい店だった。

 

そこでは、自分の居場所を確立するためにがむしゃらに仕事に取り組んでいた、と思う。元来器用な性格ではないほうなので、向き不向きもあるかと思うが、努力は報われると信じるタイプだった。目端の利かないほうだったのだろう。周囲のメンバーにはずいぶんドンくさい奴と思われたかもしれない。

また若いがゆえに、今思えば鼻につく態度があったのかもしれない。職場の立場が上がっても、なんとなく居心地は悪かった。それでも店長に認められたくて、どうにか日々の仕事を追いかけていた。

 

普段は余計なことを言わない、師匠であるその店長があるとき酒の席で、社会人としてどうありたいかを話してくれたことがあった。それは要約すれば「今いる会社から飛び出したとき、どこでも通用する自分を目指している」ということだった。

日々の仕事で精いっぱいの自分には、とてもじゃないが想像できないことだったが、なんだか凄い人だなと思い、絶対この人に認められたいと思った。

 

当時は急成長する会社の方針で、一年以内には店長に昇進するものがほとんどだった。

新人配属を受けた店舗の店長には、新人をいかに早く店長職に昇進させられるかが、店長の上級職となるスーパーバイザーへの適性試験であるかのように捉えられていたこともあって出来の良い新人を配属された店舗の店長は鼻高々だったことは事実だ。

 

残念ながら僕の場合はそうでもなかったらしい。ほかの同期が足早に昇進確定するのをしり目に、僕はもうすぐ一年たつというのにその報せは来なかった。会社側もいい加減しびれを切らせたか、予定外の人員不足かわからないが、突然、店長昇進異動が決まった。

狭い事務部屋の中で、ひざを突き合わせて師匠に言われた言葉を覚えている。

 

それは、「明日から○○店に店長として異動だ」というあっけない、あっさりしたものだった。さらに「俺はお前が店長としてやれるとは思ってないが、まぁがんばれ。心配だがな。」という衝撃的な言葉が最後の言葉だった。

なんだか情けなくて、悔しくて、荷物をまとめて店を出たら振り返らずに駅に向かったと記憶している。

それ以来、初配属となったその店にはプライベートでも行っていない。

 

僕の指導を担当してくれた店長がどういう思いだったのか、聞くことは叶わないまま、ぼくはその数年後に退職することになるのだが、少なくともこの時の悔しさがその後の仕事を爆発的に、それまで以上にがむしゃらにさせたことは間違いなかった。結果的に社内での表彰を受けることになどにもつながり、それなりのやりがいを見つけ、経験を

積めたように思う。

ただ常に追われている感覚があった。師匠からもらった最後の別れの言葉は、この時でも深く重く、僕の十字架だったんだと思う。

 

せめてもの救いは本社勤務となった時に、商品開発を担当していた師匠が僕に助言を求めてきて、担当外ではあったものの少しの間だけ一緒に商品開発を進めたことだ。

たまたま本社にいた元弟子が僕だけだったのかもしれないが、それなりにきちんとしたプロジェクトだったので、それに関わらせてくれたということは、少なからず認めてもらえたところがあったのかな、という慰めになった。この経験で、心の重荷が少し軽くなった。

 

この師匠の影響で僕は「どこででも通用する自分になりたい」と思うようになり、関連分野の勉強もするようになったのだが、まぁまたそれが行き過ぎて部長に議論を吹っ掛けるとかいろいろやらかした気がする。いまとなってはこうやってブログでつらつら語れるいい思い出だ。

 

そういう意味で、思い返してみれば当時の師匠が僕に取って仕事のメンターだったのかなと、チコちゃん見て思った次第。ボーっとしてて気づくのが遅かったかもしれない。ごべんだざい(泣

今になって師匠の思いを想像すると、僕の性格や適性なんかを見定めていたから、中途半端に店長になれば苦労することは目に見えていたのかもしれない。技術的なことや心構えを、言葉はすくないものの確かに伝えてくれていたのだから。会社が早く店長にしろとせっついてるのを留めて、僕が十分に成長するのを見守ってくれていたんだと思えてくる。師匠、ありがとうございます、って心の中で感謝します。

 

 

翻って、僕自身はもう部下を持って指導する立場にある。

 

彼らのメンターになれているかどうか分からないけど、少なくとも伝えられることは伝えて、仕事を楽しめるようにしてあげたいと思っている。今はそう思われなくても、僕みたいに、何十年後にもなってから「思い出せばメンター」もあり得るわけだし。