kunirov’s diary

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台風から贈られた時間

就職して何年目の夏だったか。

 

家族で伊豆を旅行した時のことだ。

 

台風が近づいてきていたが、日程的にはまだ大丈夫だろうと思っていた。そもそも仕事が忙しい中で、あまり興味もわかなかったので、中止しても構わないくらいの気持ちだった。旅行の日程その他もろもろは父に任せきりだった。

 

シャボテン公園やいくつかの博物館をはしごしていた。ホテルの温泉が主目的ではあったので、昼間の時間を過ごすには事足りたがたいして興味もなかったので記憶には残っていない。公園内を散策していたら、フラミンゴのような大型の鳥が2~3羽、公園の空を気持ちよさげに飛んでいた光景を目にして、あんな放し飼いで大丈夫かと不思議に思ったことだけは印象的でいまも覚えている。

 

旅行は二泊の予定だったが、帰る日の朝に台風が直撃したため、電車が終日運転見合わせとなってしまい予定外の一泊をすることとなった。とはいえ、外は暴風雨で出られず、ホテルの温泉につかるほかやることがない状況では、暇を持て余すしかなかった。

 

ホテルの付近には、その地元の有名人の屋敷跡を保存した史跡見学くらいしかなかったが、暇すぎたので雨風が弱まるのをみて出かけた。うん、行ったこと以外は記憶にないくらいなので、自分にとってはそのくらいのものだったのだろう。

 

夕食前にはホテルに戻り、温泉につかって、僕と弟はゲームコーナーで100円玉を積み上げてゲーム三昧。残念ながら、期待していた卓球台はなかったが故の選択だ。

当時はスマホはもちろんニンテンドースイッチだってPSVitaだって存在しなかったのだから仕方がない。(あってもゲームボーイくらいか)

 

この日は一日中、父がテレビを独占していて、母は昼寝と読書。僕らは暇つぶし、という行楽地ではありえない過ごし方だった。

夜になってもテレビの天気予報をチェックしつつ窓際でタバコをくゆらす父と、あまり動じず帰り支度をする母の様子を横目に、照明を落とした薄暗い部屋で僕と弟は寝床にはいった。

 

暑さから夜中に目が覚めて、家族みんなが寝ている気配を感じつつ、そっと温泉につかりに部屋を出た。3時ころだったか、静まり返った館内でスリッパの音をペチペチたてながらひとっ風呂浴びに行った。

 

温泉につかりながら、ひとりになったせいかとても内省的になった。

 

自分自身は就職してからというもの、仕事のことが頭から離れないような状態だったし、こんなにゆっくりして家族を一緒に過ごしたのは数年ぶりだったことを思い出していた。

ひとつ部屋に家族が全員揃うなんてことは、日常ではほぼ無くなった年ごろだっただけに、ふと懐かしいような、またこの先、何回もはないであろうその光景が妙に貴重な時間のような気もしていた。

台風が直撃して足止めされなければ、たぶんこの家族旅行も数年のうちに記憶から遠ざかっていく運命だったろう。アクシデントに意味を見出すとすれば、これは天から贈られた時間だったともいえるのだろう。

 

風呂から上がって部屋に戻り、静かに布団にはいりながら僕は、このたいして刺激もなく面白いわけでもない家族旅行の計画をほぼ強引に決めてきた父にちょっとだけ感謝しつつ、できるだけいつまでも、みんなが健康に楽しくいられるように願った。

 

翌日の朝は台風一過の天気だったと思うが、そこから先は覚えていない。大変だったね~とかいいながら帰ったのだろう。

僕にとって大事だったのは、あの予定外の一泊ということだ。

当時の僕はまだ昔を懐かしむような年齢でもなければ、その旅行の後もまだまだみな元気で、いろいろなことがあり、それは今でもそうなのだが、子供が成長して大人になるにつれて変化していく何かを、初めて自分のこととして感じたのだと思えるからだ。

 

台風が近づくと、そんなことが思い出される。